海外留学を思い立ったあの日7|ネイティブな英語でレッスン!大人向け英会話教室、こども英語教室は愛媛県松山市のMyrtle Wyckoffへ。

海外留学を思い立ったあの日7

2017年05月27日 14:54:30

憧れのニューヨークに行ってから
すぐに居酒屋でアルバイトをはじめ
レンタルスタジオも部屋をシェアする形で
時間枠で借りることができ
練習スペースなども確保できた。
 
 管楽器はとにかく演奏スペースがないと
近所迷惑なのであるが
ニューヨークならではなのか、
家にあまりいないのか、
いつからかアパートでもがんがんに
演奏するようになっていた。

ロスでもそうであったがミュージシャン専用の建物があり
それぞれのバンドがシェアしたり個人が所有したりと、
アートの分野でも同様にそのような建物が存在するのだが、
横つながりができやすく
たまにジャムセッションにいれてもらったりン練習をみせてもらったり
情報交換の場所としても機能しているようだった。

お休みの日にはやはり、
ジャズクラブによく通っていて、
夜の街を楽しんでいた。

ニューヨークでは、
ジャズミュージックならではで、
ミュージシャンとの距離感が近いので
生演奏を楽しむには最適な空間であった。

そして、生活感や土地の臨場感が、歴史的な背景につつまれて今なお
現在進行形の状態でこの町で育まれていた。

ジャズバーと呼ばれるスポットは、
その時々で変わっていくようで私がいたころにあった
半地下に降りたところに狭いバーで
ジンクバーという場所があり、
毎夜11過ぎからジャムセッションが
始まるのだが、
一流のミュージシャンがそこに集うということもあって、
その時間からアフターと呼ばれる
深夜の遊び時間を楽しみに
音楽好きが集まっていた。

ふりかえってみると
真夜中過ぎににそのエネルギーが
巻き起こっていることが圧倒的で、
そんな時間を人生で楽しんでいたことが
幸せだったと感じている。

そんな、刺激的な状態に自らを常に置くことで、
いつか自分もというような情熱で
夢追いかけられたし、
そこにいられるだけでも
満たされていたし、
すべてにおいて
ニューヨークの街が自らを魅了していた。

自分もよく練習したのだが、
根本的に持っているものが違うというのを
肌で感じたというのが本音である。

しかし、いろいろと犠牲にしてしまっていたし、
自分自身伸び悩んでもいて、
この夢追い物語も
そろそろ潮時かなと思い始めていた。

 
次回は、ニューヨークでの仕事や,
帰国前のお話などできればと思います。

つづく


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